小説 / 「血と骨」


日本が朝鮮半島を植民地として支配していた昭和初期、堂々たる体躯の男が、チェジュ島から大阪にやってきた。男の名は金俊平。腕のいい蒲鉾職人でありながら、あまりの粗暴さゆえに、誰もが恐れる存在である。物語は、この金俊平の流血と波瀾に満ちた半生の軌跡である。
本作品を読んで、主人公「金俊平」に感情移入する読者はいないだろう。それほどまでに、金俊平の暴力はすさまじく、常軌を逸している。だが、欲望むき出しで生きている彼に、密かな羨望も禁じ得ない。たったひとりで、荒くれ者の集団をなぎ倒す金俊平の圧倒的な腕力に、どこか、痛快さも感じてしまうのだ。彼の生き方には、躊躇も、抑制も、配慮、規範も、なにもない。ただ、己があるのみなのだ。
劇中、金俊平の心理描写は極めて少ない。かわりに、彼の友人である高信義や、妻の英姫に、人間らしい描写を多数ちりばめている。読者は、これらの、いわば「普通の人」の目を通して、金俊平を傍観するというかたちになる。そして、金俊平が何物かを考えさせられる。この怪異なキャラクターはどうして形成されたのか…。なにが、彼をこのような人間にしたのか…。それは、人の心の暗部や、当時の社会背景とも繋がってくる命題だと思う。
本作品は、暴力だけでなく、活気と猥雑さに溢れた朝鮮長家の様子や、性についても、ビビットに活写されている。非常に刺激的な内容なので、読む時は覚悟(?)をきめたほうがいいかもしれない。

著者/粱石日(ヤン・ソギル) 出版社/幻冬社